[[ナコニド家(リューベック)]]

**ナコニド家の人々 [#vad1dfda]

'''主の1066年。この年、王スヴェンは娘をヴェンド人に与えた。'''(『デーン年代記』)

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 スヴェンの娘イングリッド

彼女はイングリッド。修道院育ちの本の虫。
デンマーク王の娘に生まれついたゆえ、
結婚相手が自由にならないのはわかっております。
されど、まさかこのようなところへ嫁にやられるとは考えもせなんだのでござります。

王の舟はバルト海から河をさかのぼってまいりました。
中洲のひとつに汚ならしい丸太小屋が密集しております。それと小舟がたくさん。
ヴェンド人の漁村でござります。

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王の漕ぎ手たちは櫂を置きました。
休みを入れるのかと思いきや、嫁入り道具が荷揚げされ始めたではござりませぬか!
この小さな漁村がイングリッドの嫁入り先、リューベックなのでござりました。

板きれが泥土に並べて敷いてござります。
その上を婚礼行列が進みます。
イングリッドは幾度も段差でつまづきそうになりました。
刺繍をこらした羊毛外套の足元は、跳ね散る泥で黒く汚れてしまっております。
刺繍をこらした羊毛外套の足元は、跳ね散る泥で黒く汚れてしもうております。

>「王女さま、婿どののお出迎えですよ」

大きな丸太小屋の前でヴェンド人の若者が待っておりました。
野暮な出で立ち。腕を組んで、不審げに眉をしかめて。

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 不屈の戦士ブディヴォイ
 不屈の戦士ブディヴォイ

花婿であるリューベック伯ブディヴォイ・ナコニドは
ひどいなまりのノルド語をぼそぼそお話しになりました。
イングリッドは何度も聞き返さねばなりませなんだ。

>「……無事な航海で……父王さまが……なので……こんな田舎によく……」

ブディヴォイ伯は突然だまりこむと、顔を真っ赤にして仰せになりました。

>「あなたはとても綺麗だ」

伯は獣皮の外套をおまといになると、逃げるようにして屋敷の中へ入ってしまわれました。
顔を真っ赤にしたのは今度はイングリッドのほうでござりました。

この館で奥方として数週間を過ごすようになると、
イングリッドにもリューベック「宮廷」の事情がだんだん飲み込めてまいります。
とにかく人がおりませぬ。
親兄弟も一族もなし。客もなし。
伯夫妻のほかには魔女めいた容貌の老婆廷臣3人衆だけ。
(彼女らは「呪文」を読み書きできるイングリッド奥方さまこそ魔女だと信じておりました)

ブディヴォイ伯がお話しにならないのでイングリッドが自ら調べたところでは、
どうやら彼はヴェンド人のあいだでは裏切り者扱いされているようなのでござります。

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 改心者ゴットシャルク

ヴェンドは、かのシャルルマーニュ大帝と干戈を交えてなお退きませなんだ、
勇猛なるスラブの一族でござります。

伯の父君ゴットシャルク・ナコニドはメクレンブルク・ヴェンド大部族の戦士でござりました。
ザクセン司教領との戦い、虜囚の身を経て真の信仰に目覚めたゴットシャルクは、
代々名ばかりのキリスト教徒であったナコニド家にあって
初めての「善きキリスト教徒」として生きることをみずから誓ったのでござります。

#ref(sigrid_swendsdottir.jpg,nolink)
 スヴェンの娘シグリッド

妻がブディヴォイを産んで身まかったのち、彼はデンマーク王に乞うて
王女シグリッド(イングリッドの姉。私生児でござりました)を後添えに迎えました。
そうしてメクレンブルク・ヴェンドより独立を宣言いたしました。

ザクセン候、デンマーク王、ヴェンド。
リューベック独立伯領は3者の勢力が拮抗する緩衝地帯となったのでござります。

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 1066年、バルト沿岸には神を知らぬ蛮族が跋扈している

もちろん、ヴェンド人たちの怒るまいことか。
メクレンブルク・ヴェンド大部族のすべての家がナコニド家と絶縁いたしました。

しかもゴットシャルクの身まかったのち、シグリッド王女は

>「こんなところ、もう我慢できない」

とお思いになったらしく、自分とゴットシャルクの子ヘンリクをお連れになって
さっさとデンマークに帰っておしまいになりました。
イングリッドは父王の宮廷で二人を見かけたことがござります。
なお、シグリッド王女はさきほどオックスフォード候と再婚なさり、
幼いヘンリクをイングランドへ連れてゆかれました。

そういうわけで異教徒の同族にもキリスト教徒の身内にも見放されて、
ブディヴォイ伯はリューベックでひとりぼっちなのでござりました。
イングリッドがまいりますまでは。

彼女の降嫁と引き換えに、
ブディヴォイ伯はデンマーク、クヌートリング王家に忠誠をお誓いになりました。
デンマーク王スヴェンの持論はバルト南岸への勢力拡大でござります。
リューベック伯領はヴェンド人に対するキリスト教世界の橋頭堡となるでありましょう。

#ref(denmark1066.jpg,nolink)

子にめぐまれた幸せな結婚となるか、戦に次ぐ戦の血塗られた婚姻となるか。
イングリッドの行く末はいまだわかりませぬ。


**伯妃イングリッド [#b015712a]

伯妃は忙しゅうござります。
好きな本を読む時間もござりませぬ。
もっとも、読む本そのものがリューベックには少のうござりました。

まず御子マレクが生まれました。
それからスビニスラバ(女)、マルテ(男)、スタニスラバ(女)、ブラニスラフ(男)と
矢継ぎ早に御子が生まれ、館はにわかに賑やかになりました。
そのうち長男マレクと甘えっ子のブラニスラフだけは
館で育てられることに決められたのでござります。

ある日、事件が起きました。
家宰の老ドロゴミラが部屋にこもったあげく自ら命を絶ったのでござります。
改宗したにも関わらず、御ミサにあずかろうとしない彼女を
イングリッドがきつく戒めた翌日のことでござりました。

老ドロゴミラの部屋からは異教の祭具がたくさん出てきました。
彼女が先々代からナコニド家に仕えてきたシャーマンであったことを
イングリッドはこの時初めて知ったのでござります。

>「かあさま。かあさま。どうしてひとはしぬの?」

幼いマレクが質問をいたします。
イングリッドが言いよどんでおりますと、

>「すべて主の御心によるものだよ」

ブディヴォイ伯がそうお教えになりました。
伯の信仰は篤うござりました。
それは裏切り者の息子として中傷にさらされなさった半生をうかがわせます。

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 得体の知れない獣が野を跳梁している!

主の1077年、冬。
この年は実りが悪うござりました。
飢えた狼の大群が河口一帯を制圧するばかりか、
得体の知れない獣が野を跳梁し、赤子や老人を襲っておるとの知らせ。
領民たちは小舟をこいで着の身着のまま中洲へ逃げてまいりました。

>「民が困っている。獣狩りをする」
「隊長におまかせになっては」
「彼はもう57歳だ。俺が行く」

イングリッドが止めるのもお聞きにならず、ブディヴォイ伯は戦装束をお整えになると
まるで合戦にお出かけになるようにして館を出てゆかれたのでござります。

血まみれになったブディヴォイ伯が運ばれてきたのは二日後のこと。
喉を食い破られておいででした。
伯は身まかられました。38歳でござりました。

>「すべて主の御心によるもの……すべて主の御心によるもの……」

イングリッドは拳を握りしめ、死者の枕元に立ち尽くします。
5人の御子たちが母を気遣わしげに見ております。
彼女は息が鎮まるのを待つと、御子たちを振り返ったのでござります。

>「おまえたち、今から母の言うことをよく聞くように。&br;
マレク。
一番早く成人するのはおまえです。
軍勢を率いて異教徒と戦うこともあるでしょう。覚悟なさい。&br;
スビニスラバとスタニスラバ。
おまえたちのうちどちらかをオックスフォードのヘンリク・ナコニドに嫁がせます。
本家になにかあったときのため、イングランドでナコニドの血を保つのです。&br;
マルテ。
知恵者のおまえは兄弟をよく助けなさい。
ゆくゆくは尚書官を任せます。&br;
そしてブラニスラフ。
おまえがリューベック伯領を継ぐのです。
民をよく統べ、クヌートリング王家に絶対の忠誠を尽くしなさい。&br;
ナコニドの家の者はみな助け合って生きてゆかねばなりません。
いいわね?」

されど、「避けられぬは兄弟争い」と申します。
これについては後ほど述べる事になりましょう……。


**ヴェンド戦争 [#s1c8118b]

来るべきものがやって参りました。
しかし、それはいささか早すぎたのでござります。

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 大族長クルトイ

メクレンブルク・ヴェンドの大族長クルトイは
裏切り者の息子ブディヴォイの死を知りました。

>「ブディヴォイ・ナコニド、雷神ペルーンのいかづちを受けたり!
この機に乗じ、邪教徒によって奪われた土地を回復する!
神々の怒りの凄まじさを知るがよい!」

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 ヴェンド連合諸族、1078年

メクレンブルクからダンツィヒにいたる全ヴェンド海岸が蠕動いたします。
蛮族の荷車が西へ西へと連なって動いてゆきます。
一方、イングリッドは集まるだけの兵士と食料を集めると、
舟橋を落としてリューベック中洲に立てこもったのでございます。

敵は4000、味方は500。
リューベック伯領で相次いでいた異教反乱が混乱に拍車をかけます。

>「父さまの軍勢が来るまでの勝負……。
主よ、バルトの高波をどうかお鎮めくださいますよう!」

包囲されて数ヶ月、リューベックの陥落が近づいたそのとき、
塔の見張り員は水平線上に現れたおびただしい数の軍船を目にいたしました。
竜頭のロングシップ。クヌート大王の三獅子旗。
デンマーク王軍の到来でござります。

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 クヌートの裔なる、デンマーク王スヴェン

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 ヴェンド戦争、デンマーク王および諸侯軍の進撃

王軍はヴェンド人異教徒たちを蹴散らし、一気にオーデル河口まで東進いたします。
盟友ノルウェー王と、漁夫の利を狙ったドイツ王がさらに参戦。
島嶼部での戦いを経て、1082年ヴェンド戦争はついに終結したのでござります。

#ref(wendwar3.jpg,nolink)
 主の1082年、ヴェンド人は真の信仰に膝を屈した

リューベック伯領はメクレンブルク、ロストックの2領に請求権を有するものの、
領土をひとつも獲得できませなんだ。
伯ブラニスラフとその御兄弟がまだ幼年でいらっしゃったためでござります。
されど、

>「生き延びられただけでも幸せです」

遠征の帰り、孫の顔をご覧になるためリューベックに立ち寄られた父王に
イングリッドはそう言って微笑んだのでござります。

>「ナコニドたちの一人でも失うわけにいきませんもの」

娘がすっかりナコニドの者になってしまっているのをご覧になって、
スヴェン王は少し淋しく思われたのでござりました。

&br;
灯火もずいぶん暗うなってまいりました。
今宵はここまでにしとうござります……。

&br;
[[主の1093年。この年、王エルンストは艦隊を率いてバルト海を渡った>主の1093年。この年、王エルンストは艦隊を率いてバルト海を渡った]]

[[ナコニド家(リューベック)]]



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