[[プレイレポ/スクリーンショットで見る十字軍物語]]

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 1242年の中東。十字軍の勢力がイスラム勢力を押し込んでいる。

第五回十字軍のあと、ラテン帝国が建国された中東では、カトリックがイスラムや正教を圧倒していた。
第一回十字軍から第五回十字軍までカトリック勢力の主役だったフランス王国は、ラテン帝国を兼ねてヨーロッパ最強の勢力を誇っていた。
しかしフランス王国は内部から腐敗し、崩壊の危機を迎えていたのだった。

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 フランス王国の宮廷。セーニ家(禿)が完全に牛耳っている。

当時フランス王国は北イタリアに勢力を広げており、そこから流れてきた貴族のセーニ家がフランス宮廷を牛耳っていた。
セーニ家のDNAはすさまじく、ビジュアル的に禿というだけではなく、能力の高さも一家で似通っていた。
宰相のシモン、家令のアルバノ、元帥のキアフレッド、密偵頭のジャンレオネ、教区長のチロがフランス宮廷を支配し、
セーニ家にあらずば人にあらず、とセーニ家の有力者は豪語していた。

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 第六回十字軍。目標はアンティオキア

ローマ法王は十字軍国家シリア王国の崩壊をうけて、第六回十字軍を発動した。
目標はアンティオキア。
しかし第六回十字軍のさなか、フランスとナヴァラの両王国の戦争が起こり、カトリック世界は二分されていた。

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 フランス王vsナヴァラ王
 フランスはビザンツ皇帝を兼ねており、エジプト王を兼ねるナヴァラ王と深刻な戦争に突入した。

北イタリアやイベリアの封臣の小競り合いから始まった二人の王の戦争は、カトリック世界を二分する深刻な大戦争に発展した。
このため法王の唱導した第六回十字軍はカトリック世界からまったく無視される。

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 法王は神の平和を宣言する

この事態に憤った法王は、フランス王とナヴァラ王に神の平和を宣言した。
破門をちらつかされた二人はしぶしぶ矛をおさめることに同意し、カトリック世界は再び団結した。

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 第七回十字軍。目標はふたたびアンティオキア

失敗に終わった第六回十字軍に代わり、第七回十字軍が発動された。
目標は再びアンティオキア。
しかしこの十字軍も、第六回十字軍のときと同じように何事もなすべきことなく廃れていく。

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1299年のシリア。黄色はセルジュークトルコ。
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 アンリ・カペー 「逸材」

アンティオキアはセルジュークトルコの支配下にあった。
第七回十字軍も廃れた頃、フランス王国に一人の逸材が生まれた。
名前をアンリ・カペーという。

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アンリの兄ブーシャールは宮廷のセーニ家支配に対抗しようとした。
しかしいかんせん能力が足りず、彼は追放されてしまう。
父ルイスは逸材のアンリに家督を継がすため、追放されたブーシャールに刺客をおくった。

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 成功したが露見した

アンリの兄ブーシャールは死んだ。
父ルイスには親族殺しがついたが、すでに高齢のため気にしない。
逸材のアンリが家督を継ぐことがこの事件で確定した。

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 アンリは優れた指導者となった

アンリは優れた指導者としての素質を開花させつつあった。
アンリは公正で、つねに正直だった。また現実的な性格をしており、
父ルイスはこの子に継がせればフランス王国は安泰だろうと確信していた。

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 十四世紀中ごろのイルハン

同じ頃、モンゴル高原から起こった部族がユーラシア大陸を横断してペルシャを席巻していた。
イルハン族の王は軍事22の偉大な将軍であり、セルジュークトルコもダマスカス公国も彼にかなわなかった。
イルハンはペルシャからシリアにかけて偉大な帝国を築いた。

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1345年、アンリの父ルイスが死亡し、逸材アンリがフランス王になった。

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 皇帝になる

そして1351年、アンリはフランス王国の王として最初のローマ皇帝に就任した。
ラテン皇帝も兼ねるフランス王は、ローマ帝国以来はじめて東西ローマの合同を成し遂げたのである。

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ローマ皇帝アンリはさっそく国法を改正した。
領地法を神授王権に。教会法を王権至上に。
フランス王国はいまやローマ帝国なのだ!!

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 アンティオキアに第八回十字軍

ローマ帝国の誕生を受けて、ローマ法王は満を持して第八回十字軍を発動した。
目標は第六回、第七回に続いてみたびアンティオキア。法王の執念であった。
フランス王アンリは万全の兵力を整えてアンティオキア十字軍への出陣を決める。

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フランスは腺ペストと肺ペストの蔓延に悩まされながら、三十三万の兵力が動員可能。
イルハンは四方八方に敵をかかえ、二十五万の兵力しか用意できなかった。
ヨーロッパの全戦力ともいうべきフランスの軍隊の前に、イルハンはシリアを失陥した。

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 神は満足なされた

イルハンの軍勢はロシアに向かい、シリアから撤退した

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 第二次シリア王国
 国王はアンリの息子であるエリィ・カペー

*15世紀 [#m8505ae8]

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15世紀、フランスはヨーロッパとアジアを制覇する偉大な世界帝国として幕を閉じた

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