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【GREGORY V:Suenik侯(?-1077)】

シウニク家最後の当主。
相続法をサリカ法親族相続制、領地法を大衆法、宗教法を王権至上制へと変更し
1,000の兵を以ってDwin国を滅ぼした。

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彼は斜陽のビザンツ帝国内から老婆を嫁に貰うことを繰り返したため、
遺産狙いのロクデナシと言われたが、彼の趣味だったのではないかとの噂もあったという。

1077年、毒殺されることとなった。


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【HOVHANNES-SENEK'ERIM:Suenik侯(在位1077-1079)】】

GREGORY Vの養子であり、史書では彼を以ってGardman-Aghbania家の始まりとしている。
しかし大国アゼルバイジャンからの相次ぐ軍事的圧力と、
アゼルバイジャンへの貢物からくる国庫の欠乏など
多くの政治的問題化から精神に異常をきたし、自殺を図った。

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【Ruben:Suenik侯(在位1079-)アゼルバイジャン公(1088年-)】】

HOVHANNES-SENEK'ERIMが在位わずか2年で自殺したため、
彼の子であるRubenが若干10歳という幼さで即位することとなる。

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先代から続くアゼルバイジャンからの朝倶要求もあり、
国庫は決して豊かとはいえなかったがRubenは精力的に国力の増強を図り、
彼らの要求に応えることに成功している。(何回も宣戦される→合計300gold以上和平に費やす。orz)

一方で、セルジュークとビザンツの戦いで揺れ動くアルメニア地方の動乱を利用し、
1082年には、Suenikを攻略し支配下に置くことに成功したのである。

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Suenikを落としたことによってアゼルバイジャンとの力関係は逆転し、
1087年にはアゼルバイジャンへ宣戦布告。
1088年にはこれを滅亡に追いやることに成功した。

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同年、Rubenはアゼルバイジャン公を名乗ることになる。


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