ナコニド家(リューベック)

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主の1066年。この年、王スヴェンは娘をヴェンド人に与えた


はじめに

ハンザ同盟プレイをやろうと思ったのですが、
1066シナリオだとヴェンド組・リヴォニア組ハンザ都市のほとんどがまだ出来てない!
「じゃあとりあえずリューベックで」ということで、
リューベック伯のナコニド家を選択しました。

バルト海・北海方面に高度な商業系技術のネットワークを張り巡らせ、
一方で都市や商人に大甘な封建領主を演じることで、
ドイツ・ハンザの勃興と発展を表現できたらいいなと思っています。

開始時点でひとつだけチートを行いました。
難易度をnormalに変更し、デンマーク王家からイングリッド王女を嫁にもらったのち、
難易度をvery hardに戻したのがそれです。
この代償としてプレイヤールールを次のように設定しました。

プレイヤールール

ナコニド家について

http://en.wikipedia.org/wiki/Nakonid
ナコニド家は960年頃から1129年までエルベ流域における有力なスラブ人貴族であった。
アボドル部族に起源を持ち、この地域にスラブ人王権を形成するための努力を重ねたが、
12世紀初めに男系が断絶した。
本拠地はメクレンブルク城であった。(中略)
始祖ナコは955年のレクニッツの戦いに敗北したのち、キリスト教に改宗した。(以下略)

ブディヴォイ・ナコニド

budivoj.jpg

http://en.wikipedia.org/wiki/Budivoj
アボドル部族の王ブディヴォイ、またはブスエ、ブトゥエはゴットシャルクの長子(ただし愛妾の子)である。
ブディヴォイは父の死(1066年)によって失われた権力と地位を回復するため、
異教徒クルト(メクレンブルクのクルトイ)を敵としてザクセン候と同盟した。

1075年、ブディヴォイはPluneでクルトの罠にかかり、死んだ。
ヘルモルドによるとプリビスラフはおそらく彼の息子である。
その歓待心と信仰心によって、ブディヴォイは同時代人と後世の記録者の双方から賞賛されている。
最終的に、ブディヴォイの弟であるヘンリー(ヘンリク・ナコニド)がゴットシャルクの仇を討ち、
部族の領地を相続した。

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