**トヴェリ公 Leo(1106〜1157)
***1132年頃の情勢
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黄:トヴェル、黄緑:スモレンスク、橙:リャザン、紺:ブロンスク、水色:グルジア、茶:ガリーチ、灰色:他のイスラム/パガン勢力
赤線の部分がルーシの構成領域。

***Leoの治世・前半
公位の継承直後は大部分の直轄領が略奪の打撃から戻っておらず、残る領地も兵力が底をついていたが、
数年のうちにある程度回復したため、スモレンスク公配下のロストフ司教に宣戦布告し、
ヴラジーミルを奪取、スモレンスク公には金銭を支払いすぐに講和した。

1134年、ブロンスク公から同盟締結の提案が届いた。
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''Leo''「今攻め込まれたらまずい…ここは提案を受けることにしよう」
それから2年後ブロンスク公は分家筋のドン公に宣戦布告、Leoの参戦を要請してきた。
ドン公はわずか直轄地2、封臣1の弱小諸侯であったが、義理立てのため宣戦布告。
戦いはトヴェリ公国とは無縁の地で始まり、終わった。
そのため宣戦布告したことを忘れたまま4年が過ぎたある日のこと…
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''Leo''「…なぜだ?グルジアとトヴェリは互いに請求権を持っていないはず…」

(実はドン公はブロンスク公に敗れてルーシの領地を失い、グルジア地方の領地へと追い出されていた。
そしてグルジア王の臣下となり、王は臣下と戦争中だったトヴェリに宣戦布告してきた、といことである)

とにもかくにも戦争の準備を開始し、グルジア王国の飛び地であるモスクワを襲撃し、これを占領。
その直後、グルジア軍本隊とトヴェリ軍本隊の双方がモスクワに同着。大決戦となった。
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''Leo''「わが方が優勢!これは勝てるぞ!」

だが、戦闘はトヴェリ軍不利のまま推移し…
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あろうことかLeo公が真っ先に逃走し、手痛い敗北となってしまった。
敵は半数を失っており、トヴェリ勢は未だ封臣の軍を温存してはいたが、
Leoは戦意を失い、グルジア王の要求通り2500Gを支払って講和した。

''Leo''「いや、この戦争は無意味だから早々に切り上げたのだ、うむ」

***Leoの治世・後半

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