CK辞典

CKには意味がよくわからない単語がいくつか出てきます。そんな単語をあげていくところです

(1)人物特性

  • Chaste(純潔-じゅんけつ)
    異性との性的なまじわりがなく心身が清らかなこと。なお純潔には、「けがれがなく心が清らかなこと。」という意味もあるが、
    ゲーム中では好色の反対語として使われているため本辞典では頭書の意味とした。
  • Lustful(好色-こうしょく)
    色事(男女間の恋愛や情事)の好きなこと。また、そのさま。色好み。
  • Lazy(怠惰-たいだ)
    なまけてだらしないこと。また、そのさま。
  • Forgiving(寛大-かんだい)
    度量が大きく、思いやりがあり、むやみに人を責めないこと。また、そのさま。
  • Wise(賢明-けんめい)
    かしこくて、物事の判断が適切であること。また、そのさま。
  • Reckless(向こう見ず-むこうみず)
    将来のことを考えずに行動すること。また、そのさまや、その人。
  • Harelip(三つ口-みつくち)
    口唇裂(-こうしんれつ)という場合が多い。顔面奇形の一つで、先天的に口唇が縦に裂けているもの。欠唇。兎唇(としん)。
  • Inbred(近親交配系統-きんしんこうはいけいとう)
    近親交配とは、同系交配の一つ。近親間で行う交配。ホモ接合体の出現を高める。ホモ接合体とは、遺伝子型がホモの状態にある個体。なお、ここでいう「ホモ」とは同性愛者のことではなく、同一細胞内に同一の遺伝子が対になって存在すること。例えば一組の対立形質をAとaで表すと、AAかaaの遺伝子型となる。要するに、いろいろな障害が起きる場合がある。
  • Stutter(吃音者-きつおんしゃ)
    吃音とは、発声器官に痙攣(けいれん)が起こり、第一音が円滑に出なかったり、ある音を繰り返したり伸ばしたりする言語障害。吃音症。
  • Lisp(舌もつれ-したもつれ)
    舌が思うように動かず、言語に支障をきたす。脳卒中等の後遺症に起こる場合がある。
  • Leper(らい病患者-らいびょうかんじゃ)
    ハンセン病患者。ハンセン病は癩(らい)菌の感染によって起こる慢性伝染病。伝染力は弱く、潜伏期は三年から二〇年にも及ぶため、かつては遺伝性と誤解されたこともあった。主に末梢神経と皮膚が冒され、知覚麻痺・神経痛などの症状のほか、特異な顔つきや脱毛、手指の変形もみられる。現代では有効な化学療法剤がある。名は癩菌を発見したノルウェーの医師ハンセンにちなむ。ハンセン氏病。レプラ。
  • Schizofrenia(統合失調症-とうごうしっちょうしょう)
    旧名精神分裂症。内因性精神病の一つで、病状や経過はいろいろあるが、自閉・感情鈍麻・興奮・妄想・幻聴や精神機能の分解などがみられる。青年期に発病するものが多い。早発性痴呆。
  • Hunchback(せむし)
    背骨が弓なりに曲がり、前かがみの体形になる病気。昔、背に虫がいるためと誤信したことからという。なお、差別用語とされる時もあるので注意。例えば「ノートルダムのせむし男」という有名な映画があるが、「せむし」は日本では放送禁止用語となっているため「ノートルダムの鐘つき男」等、日本語に訳したときに変更される場合がある。例え、題名が原題のままでも、映画の字幕は「鐘つき男」、せむしに触れる時は「こぶ」という形でさけるのが大半である。
  • Clubfooted(内反足-ないはんそく)
    足首の関節の異常などで、足の裏が内側を向いて外側部だけが地についているもの。一度外側だけで立ってみればわかるが非常に歩きづらい。先天性(生まれつき)のものが多い。内翻足(ないほんそく)とも言う。
  • Intestinal Worm(回虫-かいちゅう)
    線虫綱回虫科の袋形動物。人間の小腸に寄生。体は細長く、黄白色。体長二〇〜四〇センチになり、雄のほうが小さい。虫卵が野菜などに付着して人間の口から体内に入り、小腸で孵化した幼虫は肝臓・心臓・肺に入り、さらに気管を経て胃・小腸に達して成虫になる。出血性肺炎や臓器への侵入によるさまざまな障害の原因となる。現代では人糞肥料を用いなくなってから減少したが、中世ヨーロッパでは人糞肥料があたりまえだった。
  • Bastard(私生子-しせいじ)
    婚姻関係ではない間から生まれた子。つまり浮気やレイプで生まれた子。日本国民法旧規定では父に認知されない子をいい、認知された子は庶子(しよし)といった。現行民法ではこの語を用いず、「嫡出(ちやくしゆつ)でない子」「非嫡出子」という。私生児。私子。
  • Grey Eminence(円熟した宰相-えんじゅくしたさいしょう)
    人格・知識・技術などが円満に発達し、豊かな心を持っている人。なお、上記の意味は「円満」のみの意。「宰相」は「政治を行う者」という意味があるが、CKで人物特性を持っているのは君主・廷臣、つまり「政治を行う者」のみなので本辞典では「円熟した宰相」という複合語の解説とした。
  • Silver Tongue(雄弁家-ゆうべんか)
    説得力をもって力強く話せる人。話し上手。
 
 

(2)軍事技術

  • Mace(メイス-めいす)
    短めの鉄槌。金属の鎧を装備した敵に有効で、騎兵が補助用の武器として使う。
  • Morningstar(モーニングスター - もーにんぐすたー)
    少し長めの柄に、スパイク(トゲ)の付いた鉄球が鎖で繋げられている武器。実際の威力もかなりのものであるが、その見た目の兇悪さは相手を萎縮させる働きもある。また、打撃点の軌道が読み辛く、防御するのが困難な武器でもある。なお、投資情報サービス提供会社の「モーニングスター株式会社」とは直接の関係はない。
  • Broadsword(段平-だんびら・だんぴら)
    幅の広い刀。また、刀のこと。段平物。
  • Bastardsword(バスタードソード-ばすたーどそーど)
    両手、片手持ちの両用の剣。ちなみにBastardは「雑種」や「私生児」などの意味を持つ単語であり、「破壊する者」などの意味を持つBusterdとは関係ない。
  • Castels(城-しろ)
    城は中世封建時代において最も格式の高い建造物の一つであり、領主による統治の中心であった。また、城は一族郎党の屋敷であり、その中心でもあった。そのため、城の住まいとしての役割は、軍事的役割と同じくらい重要であった。より大規模なものには戦術的・戦略的立地と同じく、広間、私室、礼拝堂の他にぜいたくな宿泊施設が求められた。
 
 

(3)産業技術

  • Two Field System(二圃式-にほしき)
    耕地を二等分し,休閑と耕作を交互に行うこと。水利に制約されないため大面積使用が可能である。ギリシア・ローマ文明(のちのローマ帝国)を生み出したきっかけとも言われている。「ローマの二圃式」とも言われている。
  • Three Field System(三圃式-さんほしき)
    ゲルマン系民族がローマの二圃式を採り入れ,さらに発展させたもの。耕地を三等分し,それぞれ休閑・冬作・夏作にあて、1年ごとに交替する。3年に1度の休閑を行うこの三圃式は,二圃式に比較して病虫害の排除,農業の効率においてはるかに勝っており、18世紀まで続いた。
  • Annual Sailing(季節風を利用した航海-きせつふうをりようしたこうかい)
    季節風とは、季節によって吹く方向を変える風。大陸と海洋の温度差が原因で起こり、冬は大陸から海洋に、夏は海洋から大陸に向かって吹く。このころの物流の主流は、船舶であり、その船舶をいかに早く動かすかは非常に重要であった。そのため季節風を発見することは貿易に関して重要であった。
  • Mint(貨幣鋳造所-かへいちゅうぞうしょ)
    貨幣(主に銀や銀の合金ビロンの硬貨)を鋳造する施設。中世ヨーロッパには非常に多くの貨幣鋳造所が存在した。国王は鋳貨権を持っていたが、実際にはそれぞれの地方で独自に造られていたのである。13世紀になると、フリードリヒ2世のアウグスターリス、フィレンツェのフローリン、ヴェネツィアのドゥカートなどの金貨も造られ始めた。
  • Road Building(道路建設-どうろけんせつ)
    中世では新しい道路が造られることはほとんどなく、主にローマ人が建設したものが使用されていた。イングランドなどでは、法令により草木の除去などを命じていた。陸路での移動は時間も費用もかかったが、ローマやイェルサレムにつづく道には巡礼向かう人々が後を絶たなかった。
  • Guilds(ギルド-ぎるど)
    共通の目的を持って相互の交わりを表明する人々の誓約団体。古英語のgeld(支払い)と同根。教区ギルドや手工業ギルド、商人ギルドなどの社会的ギルドが存在した。中世を通じてこの組織形態に匹敵するものは、家族と宮廷だけであった。都市の住民が領主から権利を得るために、あるいは商人たちが諸特権を守るために、などその目的に応じて組織された。商人ギルドとして有名なものに、北ドイツの「ハンザ同盟」がある。
  • Local Fairs(地方市場-ちほういちば・しじょう)
    余剰食糧や日用必需品の交換のために設置された市場。市場は大きな利益をもたらし、君主たちはその開催を許可する権限を守ることに腐心した。
  • Distant Trading(遠方交易-えんぽうこうえき)/Exotic Trading(異国交易-いこくこうえき/International Fairs(国際市場-こくさいしじょう)
    主に嗜好品を遠隔地と取引した。ビザンツ帝国は古代ローマの東方交易を引き継ぎ、絹や香料、染料を取引した。また、キエフやノブゴロトなどのルーシとの交易も盛んであった。北イタリアや南フランスの諸都市は、木材、鉄、毛皮などを輸出した。農業の成長や通貨流通の増大が商業取引を刺激し、ヨーロッパ全土に交易の拠点となる新しい都市が建設された。
 
 

(4)文化的進歩(文化技術)

  • Noble Customs(貴族の慣習)
    • Chronicle Writing(年代記の執筆-ねんだいきのしっぴつ)
      年代記とは、年代的順序に従い出来事を叙述した歴史書である。編年史と同様、中世歴史叙述の発展において重要な役割を演じた。年代記は厳格な年代的順序にしばられながらも、時には編纂者の気に入った挿話を取り入れるほど詳細であった。代表的なものに10世紀の『年代記Chronicon(ザクセン朝諸王の歴史)』や12世紀の『イングランド諸王の事績 Gesta regum Anglorum』などがある。
  • Heraldry(紋章学-もんしょうがく)
    紋章学は12世紀のヨーロッパに始まり、つづく二世紀の間に洗練された知的で芸術的な学問へと発展した。土地と権力の世襲制が確立されるとともに、貴族階級の家系証明の方法として発展した。また、家柄の概念や騎士道精神と密接に結び付くものであった。盾型に描かれる色、幾何学的図形、具象図形(動物、草花など)や、次男以下の兄弟や傍系家族を区別する方法が事細かに定められた。他者の紋章を使うと偽造罪に問われた。
  • Popular Customs(民衆の慣習)
    • Jongleur(ジョングルール-じょんぐるーる)
      西ヨーロッパ、特にロマンス語圏で芸人(放浪楽師)に与えられた名称。歌や詩をレパートリーとし、宮廷から宮廷へ、町から町へと移動した者全般に使われる。宮廷での娯楽と騎士道精神の伝播に関わった。
  • Troubadour(トルバドゥール-とるばどぅーる)
    主に南仏宮廷で活躍した詩人兼音楽家。彼らの歌には宮廷風恋愛歌、論争歌、哀歌、格言歌など、単純なものから複雑なものまで様々な形式があった。西ヨーロッパの抒情詩のみならず、文学一般にまで深い影響を及ぼした。
  • Miracle Plays(奇跡劇-きせきげき)
    キリスト教の典礼をもとにした宗教的小劇。神秘劇とも。主に教会前や教会の敷地内で上演され、天地創造とエデンの園の物語、ノアの洪水、キリストの誕生、受難と復活が人気を博した。
  • Carnivals(謝肉祭-しゃにくさい)
    別名カーニバル。ラテン語で「肉を断つ」という意味である。謝肉祭を説明するには、まず復活祭を説明する必要がある。復活祭とは、イエス・キリストの復活を記念する祝日で、教会暦中最重要の祝日の一つ。春分後最初の満月の次の日曜日に行われる。その復活祭の前の46日間から日曜日を引いた40日間は、イエスの受難・十字架の死をしのんで修養(斎戒)する。これを四旬節(しじゅんせつ)と言う。謝肉祭は、四旬節の直前に三日〜一週間にわたって行われる祝祭。冬の悪霊追放、春の豊作・幸運祈願に由来し、仮装行列を伴いしばしば狂騒的となる。
  • Schools(学校)
    • The Seven Liberal Arts(自由七科-じゆうななか)
      中世の教養あるエリートの大学における基礎教育は、自由七科(リベラルアーツ)にあった。自由七科は「三科」と「四科」に分けられる。「三科」とは教会での礼拝に必要な文法、論証学、修辞学で、「四科」とはより科学的な学問、算術、幾何、天文、音楽を指す。
  • Cathedral Schools(司教座聖堂学校-しきょうざせいどうがっこう)
    教区教会の中心であった司教座聖堂に付属して設けられた学校。ラテン語(聖書や教義理解のために不可欠であった)学習が古代からのラテン語教材を使って行われた。民衆の受講も可能であった。
  • Universities(大学-だいがく)
    ラテン語の「ウニウェルシタス Universitas」に由来する。これは「自治的な組合」の意で、ギルドなどの組合に対しても用いられた。文字通り、中世の大学は職業教育のためのギルドであった。それまでの司教座聖堂学校(Cathedral School)における司教の教育権限の独占が弱まると、大学は次第にその力を増し、ヨーロッパの学術、政治、社会に大きな影響力を持つようになった。パリ大学は神学研究を中心としてヨーロッパの大学の手本となった。一方、オックスフォード、ケンブリッジ大学では、全寮制カレッジの基礎が築かれ個人指導の発展を奨励した。ボローニャ大学では、法学研究(ローマ法)が盛んであった。
  • Thought(思考)
    • Aristotelian Logics(アリストテレス的論理-ありすとてれすてきろんり)
      アリストテレス(C.D384-C.D322)とは古代ギリシャの哲学者。ヨーロッパ哲学に大きな影響を残したプラトンの弟子であり、アレクサンドロス大帝国を築いたアレクサンドロス大王の師。師であるプラトンのイデア論(イデアという、時空を超越した非物体的、絶対的な永遠の実在があり、感覚的世界の個物の原型とされている。)を批判し、形相(エイドス)は現実の個物において内在・実現されるとし、あらゆる存在を説明する古代で最大の学的体系を立て、後世の学問への影響は大きい。つまりアリストテレス的論理とは、当時としては珍しい、無神論的な考え方である。
  • Scholastics(スコラ哲学-すこらてつがく)
    スコラ学。教会・修道院付属の学校や大学を中心として形成された神学・哲学の総称。教会の権威を認め、教義の学問的根拠づけを目ざし、一三世紀のトマス=アクィナスによって集大成された。ちなみにスコラとは学校の意。
  • Astrology and Astronomy(占星術と天文学-せんせいじゅつとてんもんがく)
    [占星術]
    惑星などの位置や運行によって人間の運勢や社会の動向を占う術。バビロニアと古代中国に発し、西洋では中世に大いに盛行した。近代天文学の発達に伴って無神論が発達したのに伴い衰微した。
    [天文学]
    天体の位置・運動・性状や化学組成・進化などと、宇宙の構造・進化などを研究する学問。
    大別すると次の3つにわけられる。
    • 位置天文学 天体の位置・大きさ・運動などを研究
    • 天体物理学 天体の物理的状態(大気の組成や温度・圧力)を研究
    • 天体力学  主に太陽系に属する天体の運動を、力学の法則を応用して理論的に研究
  • Natural Philosophy(自然哲学-しぜんてつがく)
    一般に、自然を総合的、統一的に解釈し、説明しようとする哲学をいう。哲学は古代ギリシアでこのような自然の原理的探究として誕生した。近代以降では、自然科学を成り立たせる根本概念や前提について存在論的、認識論的に考察する部門をさすこともある。
  • Science(科学-かがく)
    中世ヨーロッパには、自然現象の科学的探究を阻む様々な迷信が存在した。しかし、学者らによる古典古代の知識の伝達やアラビア語文献の引用の仕事は、科学的進歩に著しく貢献した。アラビア数字が一般的に使われるようになり、数学(特に代数学)、商業の分野を発展させた。錬金術の実験による知識は化学の基礎となった。地球が地軸を中心に回転するという説が唱えられ、その後の物理学や惑星運動の法則発見を予見した。さらに建築学、農業などにおいても様々な新技術が発見、導入された。これら科学の諸分野は、自然現象の理解や天然資源の活用の助けとなり、ゆっくりとではあるが恒久的な進歩を後押しした。
  • Profane Art(世俗的芸術)
    • Vernacular Literature(世俗文学-せぞくぶんがく)
      知識層、あるいは民衆のため教養的、娯楽的文学。中世での世俗文学は、個人の私的な読書よりも、集団での公的な朗読のためのものであった。その形式は散文よりも韻文が好まれた。ラテン語の世俗文学が扱うのは、古典に取材した題材がほとんどであったが、その他の俗語による世俗文学には民族伝承や民衆文化が含まれ、様々な魅力ある作品が生まれた。代表的なものに、古英語の『ベーオウルフ Beowulf』、中高ドイツ語の『ニーベルゲンの歌』、中世フランス叙事詩の傑作『ロランの歌』などがある。
  • Spiritual Art(精神的芸術)
    • Music Notation System(記譜法-きふほう)
      楽曲のピッチやリズム、あるいはその表現方法を記号で表したもの。西欧音楽における記譜法(楽譜)は教会の知識人のサークルで作られ、11世紀以降に一般的に用いられるようになった。しかし、後世のような厳密性を欠いていたため、中世の音楽は本質的に口承文化であった。
  • Tapestries(タペストリー -たぺすとりー)
    色とりどりの糸で風景・人物像などを織り出した、つづれ(ぼろ)織り、刺繍画。あるいは、その壁掛け。この時代に作られた最も有名なものに「バイユーのタピスリー」(11世紀のノルマン・コンクェストが、ウェセックス伯ハロルドのノルマンディー訪問からその戦死まで描かれている)がある。タピストリー。タピスリー。
  • Religious Stringency(宗教的厳格性)
    • Letters of Indulgence(免罪符-めんざいふ)
      免罪符(贖宥状)とは、カトリック教会がキリスト教徒の宥う有限の懲罰(原罪はキリストの宥いによって赦されている)の放免を認め発行した証書である。11世紀以降免罪は特定の目的をもった贖罪行為に向かった。その顕著な例が十字軍である。やがて金銭を伴う免罪符発行が横行すると、その霊性は低下し教会の権威は失墜した。
 
 

(5)州に発生するイベント

発生した時の効果もできればよろしくです。

  • Looted(略奪-りゃくだつ)
    中世ヨーロッパの戦いには「人権」や「道徳」という言葉の意味は0に等しく、あえていうのであれば隊列を組むときだけであった。そのため都市での戦いとなれば、田畑を荒らし、飲食物を食い散らかし、さらには女、子供関係なしに敵の民族を虐殺、もしくは奴隷化させるなど極めて残虐であった。
    <ゲーム中の効果>
    • 兵員消耗率の上昇
    • 収入の減少
  • smallpox(天然痘-てんねんとう)
    痘瘡(とうそう)。痘瘡ウイルスの感染によって起こる悪性の伝染病。高熱と全身に小水疱(すいほう)とが出て死亡することが多く、治ってもあばた(小さなくぼみ)が残る。WHO(世界保健機構)の種痘(ワクチン)の励行まではほぼ不治の病であった。疱瘡(ほうそう)。
    <ゲーム中の効果>
    • 施設の建設の遅延
    • 兵員消耗率の上昇
    • 海上輸送費の増加
    • 収入の減少
  • Bubonic Plague(腺ペスト-せんぺすと)
    ペストの代表的な病型。ネズミを媒介として黒ノミが人を噛むことにより感染する。腺(脇の下や股)近くのリンパ節がはれて痛み、次いで全身のリンパ節に広がる。発病から六日後に死にいたる。肺ペストに移行することもある。これにより、1300年から1400年の間のイングランドの人口は半減した。
    <ゲーム中の効果>
    • 施設の建設の遅延
    • 兵員消耗率の上昇
    • 海上輸送費の増加
    • 収入の減少
  • Pneumanic Plague(肺ペスト-はいぺすと)
    ペスト菌を吸い込んだために発病するペスト。腺ペストに比べ発生はまれであるが、人から人へ直接感染する。1340年代に大流行したのがこれである。気管支肺炎を起こして血痰(けったん)を出し、呼吸困難となって三日以内に死にいたる。
    <ゲーム中の効果>
    • 施設の建設の遅延
    • 兵員消耗率の上昇
    • 海上輸送費の増加
    • 収入の減少
  • typhoid (fever)(腸チフス-ちょうちふす)
    水や食物に混入した腸チフス菌によって起こる消化器系伝染病。高熱が持続し全身が衰弱するほか腸出血を併発することもある。中世ヨーロッパは非常に不衛生な環境であったために発生すると瞬く間に広まった。
    <ゲーム中の効果>
    • 施設の建設の遅延
    • 兵員消耗率の上昇
    • 海上輸送費の増加
    • 収入の減少
  • Dysentry(赤痢-せきり)
    急性の消化器系伝染病の一。熱帯・亜熱帯に多く、飲食物を介して経口感染する。二〜四日の潜伏期ののち高熱を発し、連続的に便意を催し、主に粘液質の血便が出る。血屎(ちくそ)。
    <ゲーム中の効果>
    • 施設の建設の遅延
    • 兵員消耗率の上昇
    • 海上輸送費の増加
    • 収入の減少
  • Malaria(マラリア-まらりあ)
    マラリア病原虫が赤血球に寄生して起こる熱帯性の伝染病。ハマダラカの媒介により感染する。寒け・震え・高熱が主症状で、間欠的に繰り返す。種類は以下の通り四つがある。
    • 三日熱マラリア 発熱周期が一定し、四八時間ごとに起こる。
    • 卵型マラリア  良性であり、三日マラリアに症状は非常に似ている。
    • 四日熱マラリア 発熱周期が一定し、七十二時間ごとに起こる。
    • 熱帯熱マラリア 周期が不規則で、心臓衰弱や脳症を起こして生命にかかわることもある。
      <ゲーム中の効果>
    • 施設の建設の遅延
    • 兵員消耗率の上昇
    • 海上輸送費の増加
    • 収入の減少
 
 

(6)イベント解説

  • The Crusades(十字軍-じゅうじぐん)
    11世紀末から13世紀にかけて、聖地エルサレムをイスラム教徒から奪回するため、前後八回にわたり行われた西欧キリスト教徒による遠征。信仰上の動機や教皇権拡大の意図などのほか、やがて東方貿易の利益など種々の動機が絡むようになった。結局、目的は達成されなかったが、イスラム文化との接触は西欧人の視野を拡大したほか、都市の成長や貨幣経済の発展などは、中世封建社会崩壊のきっかけとなった。
     
     
    十字軍結成のきっかけとなったのは、セルジューク朝にアナトリア半島を占領された東ローマ帝国の皇帝アレクシオス1世コムネノスが、ローマ教皇に救援を依頼したことが発端(1095年)。このとき、大義名分として異教徒イスラム教国からの聖地エルサレム奪還を訴えた。要請を受けたローマ教皇ウルバヌス2世は、カトリック教会の覇権をギリシャ正教会圏まで広げる好機ととらえ、承諾した。教皇は、敵対心を煽るため、「不吉な民族を我らの領土から追い出そう。戦闘で命を落とした者は、この世の罪を許される」と扇動している。この時皇帝アレクシオスが要請したのは東ローマ帝国への傭兵の提供であり、十字軍のような独自の軍団ではなかった。つまり、十字軍のきっかけは神聖でも清らかなるものでもなかったといえる。
  • 第1回十字軍(A.D1096年〜1099年)
    フランスと南イタリアのノルマン人の諸侯・騎士から編成された。小アジア・シリア地方のセルジューク朝領の諸都市を攻略した後、ファーティマ朝支配下のエルサレムを占領。このとき老若男女7万人のムスリムを虐殺したと記録される。この十字軍によって、エルサレム王国、エデッサ伯国、アンティオキア公国等の十字軍国家が建国された。
  • 第2回十字軍(1147年〜1148年)
    1127年にモスルで成立したザンギー朝は、ジハードを掲げ、十字軍国家や十字軍国家の同盟国であったダマスクスのブーリー朝を攻撃、1144年にエデッサ伯国を滅ぼした。エデッサの奪還に失敗した十字軍国家は西欧に助けを求め、これに応じて皇帝コンラート3世とフランス王ルイ7世が十字軍を召集した。
    第2回十字軍は、与しやすいと見たブーリー朝の首都ダマスクスを攻撃。旧来の同盟国からいきなり攻撃されたブーリー朝はザンギー朝と同盟して十字軍を撃退した。以降、ダマスクスは十字軍国家へのジハードの拠点になっていく。
  • 第3回十字軍(1189年〜1192年)
    ファティマ朝を滅ぼしてエジプトを手にしたアイユーブ朝のサラディン(サラーフ・アッディーン)は、ブーリー朝とザンギー朝を滅ぼすと、十字軍国家を攻撃、1187年にエルサレムを征服した。これに対して行われた第3回十字軍は、皇帝フリードリヒ1世バルバロッサ、フランス王フィリップ2世オーギュスト、イングランド王リチャード1世獅子心王といった英傑によって行われた。このため別名「帝王十字軍」とも呼ばれる。
    1190年にフリードリヒ1世バルバロッサは小アジアの川で落馬し、鎧が重すぎて起きあがれずに溺死。これを機に各国の連携の弱さが露呈する。1191年にフィリップ2世はアッコンを奪還し帰国。残されたリチャードは仕方なくサラディンと和平協定を結び、エルサレムの奪還を果たせないまま兵を引いた。
  • 第4回十字軍(1202年〜1204年)
    教皇権の絶頂期を迎えた教皇インノケンティウス3世が聖地奪還を主張して召集したこの十字軍は、パレスチナに軍を船で運ぶ任を負ったヴェネツィアの意向によって、同じキリスト教徒の都市ザダルに襲いかかった。その途上、廃位された前ビザンツ皇帝・イサキオスの子アレクシオスと遭遇。遠征資金を負担させることと引き換えにアレクシオスに協力し、コンスタンティノポリスを攻撃した。1204年にコンスタンティノープルを陥落させイサキオスが復位するも、クーデターによりアレクシオス共々殺害された。資金負担の約束が反故になるや、その混乱に乗じて十字軍はコンスタンティノポリスを占領し、ラテン帝国(1204-61)を樹立。十字軍の世俗化があらわになった十字軍であった。
  • 第5回十字軍(1216年〜1221年)
    インノケンティウス3世の後継者ホノリウス3世によって始められた十字軍で、十字軍を7回と数えるときは、この十字軍を数に入れない。ラテン摂政ジャン・ド・ブリエンヌやハンガリー王エンドレ2世らが参加、これまでの十字軍失敗の反省から聖地ではなくアイユーブ朝の本拠地エジプトを攻撃し、1219年にダミエッタを陥落させた。アイユーブ朝のスルタン、カーミルは旧エルサレム王国領の割譲を申し出たが、十字軍はこれを拒否し、首都カイロを目指して進軍を続けた。しかし、ナイル・デルタで孤立し、失敗。ダミエッタは放棄された。
  • 第6回十字軍(1228年〜1229年)
    シチリア王・神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世が、教皇から破門を含む執拗な脅迫を受けて始めた十字軍。フリードリヒはイスラム教徒、カトリック、ギリシア正教徒が共存するシチリアの生まれでイスラム教への造詣も深く、アラブ人からは祖父ルッジェーロ2世とともに「洗礼を受けた2人のスルタン」とも呼ばれる人物であった。またイタリアをめぐる教皇との対立を抱えていたため、十字軍への熱意は薄かった。フリードリヒ2世はアイユーブ朝のカーミルと書簡を交わし、無血でエルサレムの割譲にこぎつけ、1229年にエルサレム入城を果たした。
    カーミルはダマスクスの分家との対立上、フリードリヒとの協力を選ぶ必要があった。しかしカーミルは裏切り者として非難され、1239年エルサレムはダマスクス王によって再び征服された。
  • 第7回十字軍(1248年〜1249年)
    新しく地中海への勢力拡張をねらうフランスのルイ9世聖王によって行われた十字軍で、第5回と同様にエジプトを攻撃し、ダミエッタを占領した。アイユーブ朝のスルタン、サーリフがこれを迎え撃ったが、陣中で急死。サーリフの妻のシャジャルは夫の死を隠し、マムルーク(トルコ人の奴隷兵士)たちを鼓舞して十字軍を撃退した。
    しかしサーリフの後継者のトゥーランシャーがマムルークたちを弾圧したため、マムルークたちはシャジャルと結託しクーデターを起こし、アイユーブ朝を滅ぼしてマムルーク朝をうち立てた。
  • 第8回十字軍(1270年)
    シチリア王となっていた弟シャルルの要請に応じルイ9世が再び行った十字軍で、1270年にチュニジアを攻撃したが、陣中にペストが蔓延し、ルイ自身もそれにより病没したため得るもの無く撤退した。
    1291年、エルサレム王国の最後の砦アッコンがマムルーク朝によって奪われ、十字軍国家はすべて消滅した。
 
 

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Last-modified: 2008-06-10 (火) 00:58:33 (3454d)