ルーシ年代記

リトアニア王コンスタンティンの治世

 祖父であるリトアニア王スヴィアトスラフからの呼出をうけ、王都キエフにむかって
いたコンスタンティン伯(父の遺領を継いだ)は、祖父の急死の報に接した。王都に到着
した後に推定相続人であったコンスタンティン伯はリトアニア=フィンランド王を受け
継ぐ事となりあわせてキエフ公をはじめ祖父が保持していた称号を全て引継いだ。その
内の◇◇公爵に弟イゴールを就け、△△伯爵に異母弟イゴールを就けた。

 そして借金まみれの国庫の建て直しにいそしむ毎日がやって来た。

 国内は徐々に落ち着いてきた。しかし領地を手に入れる⇒一族や廷臣を封臣化する
                          ⇒降伏した領主をそのまま封臣化
 これを繰り返して勢力圏を拡大してきたがリトアニア王家=キエフ・ルリコヴィチ家
直轄地としては現在3箇領を統治しているに過ぎない。封臣が総出で離反したら大崩壊
ではあるがそれもルーシの王位獲得の為に割り切る。陛下の後継者達は苦労されるでしょう…

 1200年 書記官長殿(70)の勇退…王室の顧問官に就任
      書記官長殿の従子にあたられる書記官(51)が後任に就く

 1202年 前書記官長(72)が病没
      書庫の責任者には前任者の弟氏(60)を長官にその養子(29)を補佐につける
       前書記官長家の相続人は何故か近親者ではなく初代書記官長の子孫で遠縁の
       コロマン=イゴレヴィチ殿が指名された。陛下も承認された。
       彼の家はのちに王国の封臣となり公爵にまで上り詰める


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Last-modified: 2010-05-19 (水) 21:29:11 (3127d)