十一代目-Wilhelm 1276-1303

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20/3/11/9 20歳

概要

家系図

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1276-東欧情勢

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Granadaのライバルとして唯一の希望、黄金軍団だけど
跡形もなく滅んでます
というかやたら強大なブルガリア帝国(薄いオレンジ)が出現と同時にぶち殺したらしい

上の黄色がKiev、左の赤がMoskva、茶色がGalich。このへんが東欧列強ってとこだろうか
ついでいうと下にちょっと見える黄色はSeljuk

1276-中東情勢

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まず黄色のSeljukがここでは飛び抜けている。
あとは濃い灰色のMosul、灰色のEl-arish、緑のEdessa、オレンジのAleppoが目につく

基本的に同色は同じ国の飛び地。
CKで国がバラバラになってるのは、よくある話。

 

1276-パラドックス情勢

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この世界では21世紀、スウェーデン政府の支援でCKというゲームが爆発的ヒットを飾る

1276-西欧情勢

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先王Otto1世代。ドイツ情勢はまさに激動の時だった

すでに名目上の王だったItaly王Ruedger1世の死に際し、
北イタリアの雄Toscana大公が、Ruedger1世の子、HermannItaly王位禅譲を迫り
1271年、Montferratto朝Italy王国が誕生する。

ここでFranken家はついに三王位すべてを失うことになった

 

Granadaはさらに西欧へと進出していた。
1260年にはRoma陥落と、教皇領滅亡がおこる。

逃げ出した教皇はBurgundy王国に保護を求めてきたが
時の王Otto1世

「おまえに領土くれるなんてもったいねぇしwwwwwwww」

と拒絶した。

 

そして1271年、つまりはWilhelm1世即位の5年前に
Granadaはお隣のRheinfelden朝Germany王国に侵攻を開始した

戦力の差は歴然であり、1276年には北ドイツの領土を失い
Granadaの兵はOberbayernの王宮の前にまで押し寄せていた。

 

プレイ開始

モンゴルが帰ってしまった今Granadaに戦うなんて無理(そして非常にめんどくさい)
ここは先代同様地道な領土拡張を目指すことにする。

そこで目につくのはGranadaに攻められてるかわいそうなお隣Germany王国

1276年、Burgundy王国Germany王国に宣戦布告。

この際だからクレームがついてるところもらっておいてやるぜ
ムスリムにとられるよりかはましだろ?
なぁに君たちは同族だから領土すべて失ったらめんどうみてやるさ。ウェーハッハッハ

 

ところがこの企みも目的を遂げることはできなかった。

1279年、Genoa公Provence大公Italy王、南イタリアのApulia大公
さらにはムスリム勢力では5本指に入る大勢力Hammadidまでもが相次いでGranadaに宣戦布告する

たしかに数は多いが、合わせたところでGranadaの半分程度の勢力
しかし重要なのは、これらの国が滅んだ場合さらに強力になったGranadaBurgundy王国が防げるか、ということだった

逡巡した末Wilhelm1世は決断する

1281年、Burgundy王国Germany王国と白紙講話。同時にGranadaへと宣戦布告。

ついにBurgundy王国は望みとは裏腹にこの大帝国との戦いに身を投じることとなった。

参戦国

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緑がGranada青がBurgundy王国赤が対Granada参戦国

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開始から少したった時のスクショ。
画面いっぱいに兵。これ全部参戦者の兵なんだぜ…

作戦

いちおうBurgundy王国は大きい国だが直轄領からすべて徴兵したら即破産だし
封臣の兵も全部徴兵したら長期戦必至のこともあって防御に不安がある。
ということでなるべく兵を温存しながら戦うこととなる。

Granadaの強さでいえば
イベリア領>イングランド領>イタリア領>北ドイツ(元Germany王国領)>東欧領だと思うので
東欧→北ドイツ→イングランド→イタリア→イベリアの順に攻めていこうとおもう

イタリア半島側に元帥と付近の封臣軍合わせて1万を維持
Italy王国(旧Toscana大公国)とApulia大公国と共同戦線をとり
イタリアからの侵攻に備える

そして土地が貧弱であり、戦争続きで兵も少なそうな東部戦線に
Wilhelm王の親征、兵1万を維持

 

また本土に攻め込んで来るであろう相手には
封臣の兵を中心にしたゲリラ戦で挑む。

 

東欧、イタリア戦役

戦争開始序盤はBurgundy王国にとって苦難が続いた

 

予期せぬHammadidの早期講話に続き
南イタリアのApulia大公国滅亡Italy王国も兵が尽き
イタリア戦線をほぼ一人で支えることとなった

兵2万5千を維持しての連日の激戦
兵の消耗も激しく付近の軍隊を相次いで送らなければ戦線を保てない状況となる。

 

イングランド、デンマークなど北方からの侵略に対し有効な防衛線を築けないためGranada軍は各地に侵入
これを撃退するためのBurgundy王国内に遊撃隊をほぼ兵4万を維持。

 

唯一うまくいっているのはWilhelm1世による東欧親征であり
多少の抵抗はあるものの着々と領土を広げた

1284年情勢

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この厳しい状況も1280年代終盤に入ると好転する

 

Wilhelm1世の親征によってGranada東欧領がすべて制圧。
刃を返しGranadaの北ドイツ領を制圧した

また、Provence大公が臣従を誓ってきたため、多くの兵を新たに利用できるようになる

 

イタリア戦線でも目に見えてGranadaの兵量が落ちていた。
そこで予定を変えWilhelm1世の到着を待ち、総計4万5千の兵でイタリア領に反撃

まだ多くのGranada軍がいたものの
ほぼ5年をかけて1294年にはイタリア全土を占領する。

1294年情勢

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血のシチリア

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イタリアを占領し終え、次の目標はイングランドとなる。
しかしその前に、つま先に浮かぶシチリアを占領しておくことがよいと
元帥率いる1万の兵を送り出す。

シチリアにはGranadaの兵の姿も見えず、制圧できた。

ところが海上に突如Granadaの大軍が現れる。

泡をくった元帥は急遽援軍二万を要請、自身は戦闘を避けて援軍の到着をまつ。
一度占領した領地は二万弱のGranada兵にまたたく間に取り返えされる

 

状況は援軍が到着してもいっこうによくならなかった。

優勢な時をまって攻めても、海上からGranadaの援軍が次々と現れるため
それに負けないようにこちらも援軍を送る。
攻めては引き、攻めては引きと泥沼となっていった。

近いとはいっても海から大量の援軍を輸送しつづけるには金がかかる。
これからイングランド島へと大量の兵を送ることを考えれば
シチリアへ輸送ばかりをしているわけにもいかなかった。

 

遠征から一年後ついに撤退を決める。
わずか一年の間にシチリアでは両軍合わせて9万弱の兵が死んだという。

 

イングランド遠征

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イングランド遠征は1295年、シチリアで硬直状態続いているときに始まった

総勢2万5千。雇われた傭兵と封臣が主体となって構成される。

イングランド上陸はスムーズに行われた

敵の兵はごっそり消えている
その半分はBurgundy王国内で遊撃隊に動きを止められていたし
残りはシチリアに来ていた
そんなわけで1296年には南部の制圧はほとんど抵抗なく終わる

 

中部へ進出するとイベリア半島からGranada軍が送られてきて各地で激戦。
しかし、Granada軍の多くは大陸で消えており、兵の供給が滞りがちなので
遠征軍は順調にイングランドを制圧していった。

 

Wilhelm1世の死

Wilhelm
1256-
 ├─────┬────┬─────┬────┬───┐
 |     |    |     |    |   |
Adalbert  Bernhard  Werner  Burchard Albrecht Ludolf
1278-   1280-    1286-   1290-  1290-  1295-

1301年、次男で継承一位だったBernhard精神分裂をおこし、一人息子を殺してしまう。

 

この凶事にWilhelm1世は強い衝撃を受けるが
領土が拡大し続けるBurgundy王国の結束を維持するためにも
すぐにでも対策をとることを責められる

Bearnhardから領土を召し上げ
新しい王位継承者としてまだ6歳ながらも頭角を現した末子Ludolfを選ぶ
彼を大公に任じ、重臣や封臣たちにLudolfへの忠誠誓わせた

 

2年後、1303年、Wilhelm1世肺炎により逝く。47歳。

1276年の登位より27年間戦争は絶えることがなかった
しかし類い稀な軍事的才能(軍事20で歴代最強。教育先選ぶの間違えた結果ではあるんだけど)
に助けられ、大陸での戦役では最前線にたち、困難な状況でも決してひるまなかった

 

イタリア制圧のめどがついた後、晩年は宮廷で過ごし、戦線にたつこともなかったが
この代のGranada戦争決着を期待していたので、早い死にプレイヤーもがっかり。
次期王は予定通り幼いLudolfが継ぐこととなる

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Last-modified: 2008-06-06 (金) 07:35:33 (3846d)